いやみを言われるのはもちろん嫌だし、自分も言わないようにしているけれど、いやみそのものはわりと嫌いじゃない。含みのある言い方というのが結構好きなのだ。
例えば育児ストレスを全力でバイトにぶつけてくる女性社員に「…お家でもそういう叱り方するんですか?」と言ってみたり、重い学歴コンプレックスを患うセクハラ店長の「俺も、顔さえもっと良ければなぁ」という何気ない発言に「…顔だけでしたっけ」と返してみたり、奥行きのある短い言葉に魅力を感じる。
大切なのは、相手の背景や心情をしっかり考慮して言葉を選ぶことだ。相手が密かに後ろめたく思っていたり、気にしていたりするであろうことを最小限の言葉で引きずり出してやるのが、上手ないやみだと思う。
日本でいやみ、皮肉と言えば京都が有名だ。そんな京都のいやみの例として、ピアノの音がうるさいお隣さんに「うるさい」ではなく「お上手ですなぁ」と伝えるというものが知られている。こういった婉曲さの強いいやみは、もはや文化であり、直接的な衝突を嫌う京都の人々が長い年月をかけて築き上げてきた共通認識があってこそ伝わるものだ。それを全くよその土地の人間が真似してやってみたところで、全く意図は伝わらず、最悪逆効果をもたらすことすらあり得る。
出っ歯以外は美人な友達のしつこいモテ自慢をどうにかしたいとき、「黙れ」と言いたいところを「◯◯はかわいくてモテるし、尊敬しちゃうな」と婉曲に伝えてみても、「えぇ~?www それサークルの後輩にも言われたけどー、別にあたし顔っていうか性格が男っぽいから男友達多いだけでー、こないだ私以外みんな男で呑み行くことになったときも…」と、更なる自慢話を呼んだ上、先に玉砕した同志の骸まで垣間見ることになる。そんな虚しい思いをするくらいだったら、はじめから「うるさいブス!前歯がデカいんだよ!!」と、秘拳・身体的特徴パンチで心も前歯も折ってやった方が、自分もすっきりするし、相手もちょうどいい大きさの差し歯を入れるきっかけになって良い。
私にいやみの奥深さを教えたのは、大学で解剖生理学を担当していた教員であった。仮にK教授とする。昨今世間を賑わせる、学問における女性差別がより顕著だったであろう半世紀前に医学博士を取得した彼女は、小児科・耳鼻科医として働きつつ大学で教鞭を執る才女であり、その聡明さを遺憾なく発揮して2013年の秋、「…でしょうね」というたった5文字の言葉で私を深く傷付けた。
その発言に至るまでの経緯や私が傷付いた理由はさておき、私はK教授の心ないいやみに傷心し怒り狂う一方、直接的な罵倒も具体的な情報も一切含まれない短い言葉で効率よく一人の人間の心を掻き乱したその手腕に強く感動した。
以来、私は無茶苦茶にムカつく人間と関わるときは、必ずその人を一番傷つけられる短い言葉を考えるようになった。理不尽な扱いを受けてイライラしてもそういった考え事をしていると気が紛れるし、実際にそのいやみを口にして相手を傷付けてしまったときのことを想像すると「向こうにも精神のコントロールが上手くいかなくなるほどの事情があったんだよな、そんな人をさらに傷付けて私は…」など後悔の念に駆られて言う気を失くし、余計なトラブルを未然に防ぐことが出来る。
そういえば、もういやみとは全く関係のない話になるが、K教授の講義で最も印象に残っているものに、ケジラミの話がある。
その日は確か感染症の種類とその予防および治療に関する講義だった気がする。天然痘や結核の話の合間、小休止的にプール熱の話が出て来て、そこから「学校のプールでシラミが移ることがある」という話になった。
「私は小児科を扱っているので、子供の頭にシラミがついたと相談にくる親御さんもいるのですが、ときどき誤って『子供にケジラミがついてしまったんですが~』と言ってくる親御さんがいるんです」
私もこのとき初めて知ったのだが、人に寄生するシラミには3種類あるらしく、シラミと聞いてまず思い浮かぶ、頭髪に寄生するシラミはアタマジラミ、衣類の繊維に取り付くものはコロモジラミ、陰毛、脇毛、脛毛など頭より下の毛に寄生するものはケジラミと呼ばれるそうだ。
ケジラミは行動範囲が1日10cm程度と非常に狭い。そのため自力で人から人へ移ることが出来ず、感染経路はほぼ体毛同士の接触に限られることから性病の一種として扱われている。だから子供にケジラミがつくことはそうそうなく、保護者はアタマジラミとケジラミを混同して言っているだけで、実際にはアタマジラミに関する相談であることがほとんどなのだそうだ。
あるとき、K教授のもとに小学生くらいの子供を連れた親子が訪れた。
「うちの子の眉毛に、ケジラミがついてしまったんです」
K教授は眉毛という部位に驚きつつ「またいつもの言い間違いか…」と思いながら診察したところ、なんということか、子供の眉毛には本当にケジラミがついていたらしい。
K教授にとってこの話は笑い話に過ぎないらしく、「こんなこともあるんだなって思いました(笑)」みたいなセイバンのランドセルより軽いノリで締め括っていたが、私はかなり強い衝撃を受けた。
先にも書いた通りケジラミの感染経路は体毛同士の接触であり、最も多い寄生箇所は陰毛である。
(子供にケジラミ…しかも眉毛って…え?どういう!?)と一人パニック状態となり、その後の講義は半ばうわの空で受けることを余儀なくされた。
講義が終わってすぐ、私はケジラミについて詳細を検索した。するとケジラミはタオルや毛布などを介して移ることもあり、そのため家族間での間接的な感染もあり得るということがすぐにわかった。
もしかすると、保護者がケジラミと言ったのはアタマジラミと混同していたわけではなく、家族内にケジラミのキャリアーがいて、それが感染してしまったことを把握していたのかもしれない。ケジラミの対処法と言えば剃毛がお馴染みであるが、いくら子供とは言え眉毛を剃り落とすのは可哀想だし、医者に行けばきっと他の方法で駆除してくれると考えたのだろう(ちなみにK教授は普通に剃り落としたと言っていた)。
性的暴行の線も捨てきれないが、いつのどこの誰のこととも知れない話を心配しても仕方がない。私も今後この話を軽い笑い話として、これから仲良くなりたい人とかに積極的に披露していきたいと思う。
いやみに始まりケジラミで終わってしまった。脈絡もなにもあったものではない。我ながらこんな下らない話をよくもこう長々と書けるものだと思う。
聞いてくれてありがとう。もし時間があったら、また聞きに来てほしい。
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