オン ザ ソファ

一人きりで暮らしているから、どうでもいいことを聞いてほしい

満を持して独り

ここしばらくの間、ヨーロッパのどこかの国で、生涯のほとんどを家から出ず他者ともかかわらず生きて死んだ男性が、自作の絵本か何かに男性器を持った少女を描いていた事について考えていたので、今日はそのことについて話すつもりだったのだが、たった今ホットなトピックが入ってきたので変更になった。
フラれた。3時間ほど前のことだ(現在深夜1時)。
元恋人とは、私が今年の春に就職して関西を離れて以来、いわゆる遠距離恋愛をしていた。フラれるその瞬間まではそれなりに上手くいっているような気がしていたのだが、やはりそう簡単なものではなかったらしい。
別れたいという意思、およびその理由について語られた後、私は涙を流し、しばし呆然とした。あれが良くなかったのだろうか、あのときもっとこうしていたら、こんなことにはならなかったのか。とりとめも無い後悔がさざ波のように押し寄せて、胸が苦しくなった。少しでも楽になりたくて深呼吸をするたび、涙が目からぽたぽたとこぼれ落ちた。元恋人も、何も言わずに泣いていた。2人でグスグスと鼻を鳴らしながら、見つめあうことも、肩を抱いて慰め合うこともせず、ただただ黙って涙を流した。

そうして、一体どれほどの時間が流れただろうか。悲しいかな、私は社会人であり、今日は平日ど真ん中の水曜日である。もちろん明日は朝から仕事で、そのためには早く寝なければならない。夜中にネガティブなことを考えても碌な結果にならないし、とりあえず寝よう…と思ったとき、私はハタと我に返った。

気まずい。

先の物言いからお察しいただけているかもしれないが、元恋人は今現在、仙台の私の自宅にいる。ついさっき自分をフッた相手と、これから一晩同じ屋根の下で過ごさなければならないということだ。寝付けるわけがない。
そう考え始めると段々、悲しみに替わって、納得の行かないような気持ちがこみ上げてきた。
まず何故彼がここにいるかだが、彼が言うには、私に直接別れを告げるために関西から仙台まで遠路はるばるやって来たらしい。
私は今日までの5日間は夏休みをとっていて、前の4日間は実家で過ごしていた。最後の1日は仙台に戻って家事をしたりのんびり過ごして、平日にしか出来ない役所の手続きなどもしてしまおうかと考えていたところ、夏休み初日に彼から突然、「週末にそっちへ行ってもいい?」と連絡がきたのである。週末には既に予定があったため断ると、「じゃあ15日は?」と、何故かもっと早く来たいという返事がきた。
率直に言って迷惑であった。
貴重な平日休みである。やってしまいたい役所の手続きもあったし、突然だから掃除も片付けも満足にしていない。
しかし付き合ってまだ7ヵ月、遠距離になってからはなかなか会えないでいる恋人が、700㎞の距離を越えて会いに来ようとしてくれているのだ。当然喜びが上回り、私は二つ返事でOKした。
しかし、その目的が明らかとなった今、彼の行動は純然たる迷惑行為へと変貌した。
百億歩譲って、直接会って別れを告げることで誠意を示すというのは、分かる。ただそういう場合、とっとと別れを告げてとっとと解散するものではないのか?彼は夜行バスで朝の9時頃仙台に到着し(ちなみに私は同日の朝6時に実家から帰ってきて家の中を必死に掃除していた)、私とスーパーで買い物したり料理を作って食べたり部屋で映画を観たりずんだもち食べたり牛タン食べたりして風呂入って歯ぁ磨いて夜の10時にさぁ寝るか!となってから私に別れを告げた。遅い。あまりにも遅すぎる。仙台名物を楽しんでいる場合ではない。
もちろん彼には彼の気遣いや言い分があるのだろうが、知ったことではない。ここは私のソファの上であり、私の主観の下に話は展開されていく。それに彼の言うところの『誠意』と、少なからずあるだろう『嫌なことはとっとと終わらせたい』という気持ち(わざわざ平日に急いでやってきたのはそのためだと考えている)のせいで私の住民票が未だ関西から動かず、また睡眠不足が進行していることは揺るぎない事実である。
もう本当に、彼がいま私の部屋でグースカ寝ているということが、もはや面白くてしかたがない。眠くなるまでの時間潰しと気持ちの整理を兼ね、この話を書き始めて2時間ほど経つが、はじめこそ彼も気まずそうにこっちを見たり鼻をグスグス言わせたりしていたものの、今ではすっかり眠りに落ち、いびきをかいたり歯軋りをしたりしている。感心するほどに太い神経だ。
これまでの話からわかる通り、彼は心根の優しい人間であるが、一方で彼の中の『誠意』や『正義』に盲目的に従うあまり、結局相手への配慮に欠ける行動をとることがある。元々彼にそういうところがあるのは承知の上で交際を始めたが、このような形での発露を目の当たりにするとは、思っていなかった。
でも、今回もし彼が私にバッチリ配慮して金曜夜の19時頃にラインで別れを告げてきたり、会ってすぐ別れ話をして即どこかに行ってしまったりしていたら、きっと今の比じゃなく寂しくて、悲しくなっていたことだろう。少なくともこんな風に笑い話のように、ふざけた調子で話す余裕はなかったはずだ。私はこの2ヵ月半仙台で一人きりで暮らしていたが、本当に孤独だと感じることが一度もなかったのは彼の存在が大きかったと考えている。そしてこんな時ですら私は、彼のトンチンカンにも思える行動に、彼自身に助けられているらしい。私は彼のそういう、不完全でちょっと抜けているところがとても好きだったのだ。

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