飛行機に乗るのが苦手だ。どれくらい苦手かというと、先週末はLCCで友達会いに行く予定だったのだが、当日の朝にどうしても飛行機に乗るのが嫌になって予約を全キャンし、あらためて新幹線の席を取って行ったというくらい苦手だ。もし飛行中に事故に遭ったらと思うと、怖くて仕方がないのだ。
私の明晰な頭脳を以てすれば、「まずなんでLCCを予約しちゃったの?」と訊かれることは容易に予測できる。が、愚問である。予約するときはいけそうな気がしたのだ。そして聡明な私はこの教訓を生かし、今後800km以内の移動には飛行機を使わないことに決めた。高速バスか新幹線だ。それしかない。
ちなみにこういうことを言うと「飛行機で事故る確率より車で事故る確率の方がずっと高いんだけど?笑」みたいな、ボケナスまる出しのことを言ってくる奴がいる。もう呆れて物が言えなくなりそうであるが、私は聡明かつ親切な人間なので教えてやろう。その粗末なナスをしまってよく聞くといい。
私は小~中学生のとき、毎週月曜夜8時にやっていた(ちなみに現在も同じ時間にやっている)「世界まる見え!テレビ特捜部」という番組を欠かさず視聴していた。当時の「まる見え!」は、主に実際に起きた海外の事件の再現VTRなどを放送する番組だったのだが、比較的よく取り上げられる銀行強盗や銃乱射といったポピュラーな事件の中に肩を並べていたのが、飛行機事故なのである。あくまで体感だが、ひと月に1回は飛行機事故のVTRがあった気がする。
つまり多感な時期にそんな刺激の強いものをしょっちゅう観ていたせいで、私は二十歳をとっくに越えた今でも飛行機が怖いのだ。確率がどうとかは知らないが、私の中では月イチくらいの頻度で飛行機が落ちているのである。
この勢いで、今回は私のちょっとだけダメなところ(すなわちチャームポイント)紹介回とさせていただくことにする。
先日、とうとう職場の忘年会の誘いを断った。しかも参加の可否の返信期限をぶっちぎった上でだ。
私も学生生活の中で何度か打ち上げだとか旅行だとかの幹事を任されたことがあるので重々承知しているのだが、こういうイベントへの参加不参加を問うメールの返信というのは早ければ早いほど良く、遅ければ遅いほどファックだ。そして私は今回、その返信期限を丸2日ぶっちぎった。罰として自宅を燃やされても文句は言えないほどの罪である。
怒濤の平謝り作戦が功を奏してアパートは今も無事であるが、単に付き合いが悪いだけならともかく、こんなふうに迷惑をかけてしまうのは社会人というかソーシャルアニマルとして下の下だ。私には本件について早急に、かつ徹底的に反省する責任がある。
そもそもなぜ、返信期限ブッチなどというボケナスもろ出しの行動をとってしまったのかというと、期限を忘れていたからだ。なぜ期限を忘れたのかというと、メールを返すのが遅くなったからだ。メールもラインも基本即レスを心がけている私であるが、なぜ今回に限って返信が遅くなったのか。行くべきか行かざるべきか、それを悩んでいたからだ。
もちろん99.9991%行きたくなかった。しかし「忘年会くらいは行っとけよ、社会人として」という魔の0.0009%が私の決心を鈍らせたのだ。私は深く悩み、苦しんだ。そして苦しみのあまり精神の防衛機構が作動し、ストレス源である悩み自体を忘却の彼方へ追いやってしまい、結果返信期限をぶっちぎってしまったのである。
つまり今回の事件の根本的な原因は、私が『飲み会に行くか行かないか悩んでしまったこと』にある。「行きたくない」という気持ちがこんなにも強いのに、なぜ「行った方が良いのではないか」という思いに足を取られてしまったのか。それは恐らく私が、自分自身の「忘年会に行かない」という選択に対して、明確な根拠を持っていなかったからであると思う。
一貫した行動には必ず強い根拠が伴う。たとえば私たちは毎日歯を磨くわけだが、あれは「虫歯は痛いし治療が大変→虫歯になりたくない→歯を磨く」という背景があって行われている。この「虫歯は痛いし治療が大変」という根拠(という表現があっているかは微妙であるが)が非常に強いために、私たちは毎日毎日「面倒くさい」という気持ちを押し切って歯を磨くことが出来ている。他にも「痩せている自分が好き→太りたくない→夜19時以降は絶対に食べない」とか、「一戸建てを建てたい→お金が必要→節約する」とか、一番左の根拠がハッキリしているほど、真ん中の動機も強くなり、一番右の行動にも一貫性、継続性が出てくる。
一方現在の私は、根拠も動機も曖昧な、「〇〇→××→飲み会に行かない」という状態である。大事なところがすっぽんぽんなのだ。ボケナスがこぼれ出るのも当然である。この〇〇と××にそれぞれ何が入るのか、それを考えなくてはならない。
初めは、「同僚が嫌い→定時外に同僚と話したくない→飲み会に行かない」かな?と思ったのだが、これがあんまりしっくりこない。そもそも私は言うほど同僚が嫌いではないのだ。みんな寡黙でいい人で、優しい。むしろ一緒に働くにはこの上なく好ましいと思う人ばかりである。でも真ん中の「定時外に同僚と話したくない」はわりと真なのだ。定時になったら瞬時に帰りたい。
と、この「定時になったら瞬時に帰りたい」というワードを思い浮かべた瞬間、私に天啓が降りた。そうだ、私は『同僚と話したくない』のではない、『早く家に帰りたい』のだ。
それではなぜ、早く家に帰りたいのか?考えるまでもない。家にいるのが楽しいからである。同僚や飲み会が嫌いなのではなく、家に帰ってNetflixを観たり変なブログを書いたりパンダ描いたりするのが楽しいから、とっとと帰ってそれをやりたいのである。まぁモノが何であれ趣味があるのはいいことであるが、職場での人付き合いを疎かにしてまで趣味を優先するというのは、たとえば保育園でみんなが先生の話を座って聞いているとき、我慢の出来ないガキが一人だけ勝手に部屋の隅で絵本とか読んでいたりする、あれと同じである。そして私はかつて、わりとそういうガキであった。先生がいくら言っても聞かないので、最終的に放し飼いにされていたのだ。私はあの頃から、ソーシャルアニマル落第生だったのだ。
あー、これで辻褄が合った。完璧だ。
つまり私は、「家で遊ぶのが楽しい→飲み会に行くと遊ぶ時間が減る→飲み会に行かない」という理由で飲み会に行きたくなかったわけだ。視界良好である。根拠がハッキリと掴めた今、もはや一片の迷いもない。これからは気兼ねなく「不参加でお願いします」の即レスが出来るというものだ。
ちなみに「大人になったのだから、嫌なことでもちょっとくらい我慢しよう」とは、絶対にならない。何のために「三つ子の魂百まで」という諺があると思っているのだ。それに人間関係における災厄の大半はその「ちょっとの我慢」から引き起こされるものである。嫌なことはできる限り避けつづけ、「あいつはもう、そういう奴だから」と周りに諦めさせた者だけが、好きなとき(定時外に限る)に好きなことをできる身分を手にすることが出来るのだ。
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