オン ザ ソファ

一人きりで暮らしているから、どうでもいいことを聞いてほしい

トルストイの言うことにゃ

 とうとう先日、友人の結婚式で泣いてしまった。

 披露宴の中盤、新郎新婦の日常生活を移したムービーを見ているときだった。日当たりの良さそうな家で楽しそうに笑っている友人(ちなみに新婦の方)を見た途端にボロッと涙が出て、そこからはもうパチンコで言うところの確変状態に入ってしまい、何を見てもボロボロ泣くようになってしまった。その日に限ってハンカチを忘れたせいで食事用のナプキンで必死に拭わなければならず、私の席を最後列に置いてくれた神と新婦の采配に深く感謝した。

 

 ムービーが終わった後で声もなく号泣している私を見て、一緒に呼ばれていた友人たちは「なんでこのタイミングで?」「どこが染みたの?」と不思議がっていたが、そんなこと訊かれても私にだってよくわからない。わからないことは、考えるしかない。

 

 

 

 率直に言って、他人の結婚を心からめでたいと思ったことは今までになかった。友人らはもちろんのこと、つい最近、13年くらい交際していた彼氏とようやく一緒になった姉の結婚のことさえ、あまり喜ばしいと思わなかった。

 私自身のふんわりと歪んだ人間性からして、嫉妬ももちろん含まれていることと思うが、一番大きいのは「大丈夫なのかな?」という疑念である。

 

 私の両親の結婚は、現在進行形で上手くいってない。父のネチネチとしたモラハラと暴力に母が疲弊しきり、逃げる気力さえなくしている状態が、私の物心がつく前から続いている。

 

 子どもの頃は、災害のように理不尽に怒り暴れる父がひたすら怖くて疎ましかった。大人になった今でも、母や姉のいる実家は好きだが、父は相変わらず疎ましいし、同じ大人としてマジでヤバいと思っている。でも、私の知っている『父』と『夫』は、小中学生の娘たちに当たり散らし、直径15cmの雪平鍋で母をボコボコにしていた彼しかいないのである。

 

 いつキレて暴れ出すかわからない、コミュニケーションの難しい人間というのは、わりとよくいると思う。部活とか、職場とか、同じコミュニティの中にそういう人がいた経験は、多くの人にあるのではないだろうか。

 そういう人がグループ内にいる場合の最大のデメリットは、活動の自由度が著しく下がるということである。わかりにくいだろうか?平たく言うと、何をするにしても「その人を刺激しないこと」が最優先事項になって、できることの幅がものすごく狭まるのだ。

 

 例えば私の家では、大きな声で笑ったりすることができなかった。母や姉と何かの話題で盛り上がっていると、興味を持った父が近づいてきてしまい、そうするとどうしても緊張や恐怖で場が盛り下がるので、それを感じ取った父が「俺がそんなに嫌いか」みたいなことを言いながらキレ始めるので、父が家にいるときはあまり楽しそうな声を出さないのが暗黙の了解だったのだ。

 

 あと、家族間でサービスし合うこともなかなか難しい。

 

 父は家族が何をしても、文句しか言わない。料理を作れば改善点をあげつらうし、見た目や味が気に入らないと丸ごと残してカップ麺を食べ始める。肩たたきをしても「わざと下手にしている」と言われるし、プレゼントを渡しても「他のやつの方が良かった」としか言わない。ちなみに事前に欲しいものを聞くと「自分のために考えてくれるのが嬉しいから」とそれらしいことを言って、リクエストを言わない。

 

 そんな奴にサービスをしたくなるわけがないので、必然、家族が父に施すサービスは機会も質も必要最小限となる。それはそれでいいのだが、一方で私や姉が、母にマッサージをしたり、なんでもない日に食事に連れて行ったり、多少高価な贈り物をしたことが父にバレると、今度は「母だけが贔屓されてる」とキレ始めて、結局母に被害が行く。ので、こういった母へのサービスもあまり頻度はあげられず、さらに目立たないようにこっそりやらなければならない。

 

 

 

 どれだけ行儀良くしても、相手に優しくしても、そいつの機嫌やさじ加減の一つで怒鳴られたり、嫌な思いをしなければならない。

 ものすごいストレスなのだ。家の中に、そういう奴がいるというのは。

 私はもう、あの薄っぺらで小さな地獄には、二度と戻りたくないのだ。

 

 

 

 知人には父親の会社が倒産したり、父親がギャンブル漬けの穀潰しだったり、父親の会社が倒産した挙げ句に家が全焼したりする家庭で育った人も多くいるので、私の育った環境が特別に劣悪で不幸だったとはもう思っていない。

 しかし私が家庭と聞いてまず思い浮かべるのはやはりあの家なのであり、結婚しよう、家庭を築こうとなったときに初めに考えるのは、「どうやって幸せになるか」ではなく、「不幸なったらどう対処するか」である。つまり結婚相手との生活が上手くいかなかったとき、どうやって離婚して、どうやって一人で子供を育てていくかという、リスクマネジメントから考える。私は自分の母に、そうして欲しかったからだ。

 

 しかし熟考の末、結局そんなリスクを取るくらいなら徹頭徹尾一人の方がいいという結論にいつも落ち着いてしまうし、それが一番いいと信じてさえいる。

 相手の男性に期待する気持ちはほとんどない。私はいつも不自然で、周りに失礼なほどに、「自分が頑張らなきゃ」と思っている。私の人生で、これだけは父のせいにさせて欲しいのだが、私の心に育つはずだった、人に期待する気持ち、いわゆる誰かを信じる気持ちは、芽生える端から彼が千切って潰してしまったのだ。

 

 私は人に頼み事するのが苦手だし、友だちに「泊めて」とか「貸して」とかも気軽に言えない。「これくらいで気を悪くしたりしないだろう」という信頼を、誰に対しても持っていないからだ。私は誰も頼らないのではなく頼れなくて、そんな奴が他人と協力しながら生活していくなんて、無理に決まっているのである。

 

 

 

 今わかったが、私は私自身の心の問題を勝手に一般化して、みんなも少なからずそうだろうと決めつけて、勝手に人の結婚生活を心配していたのである。

 

 だけど、私はあのムービーを見て安心したのだ。結婚生活というのは私が思っているほど不自由で息苦しいものではないらしくて、新婦になった友人は新郎とお互いに気遣い合いながら、とても楽しそうに暮らしていた。それを見て初めて、「よかったな、これは彼女にとっていいことだったんだな」と思えたのだ。

 私はいったい何様か、という感じであるし、キモいし、多分友人は絶対そういうのキモがって怒ると思う。でももう、20年くらいの付き合いになるわけだし、それくらいのキモさは許してほしい。

 

 

 

 この話は前にもしたが、ロシア人が書いた小説か何かの冒頭で、「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」と書いているのを読んだことがある。

 願わくは、私の友人とその夫が築く家庭が、ありふれた幸福で満たされたものであってほしいと、そう思うばかりである。

 

 

 

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