オン ザ ソファ

一人きりで暮らしているから、どうでもいいことを聞いてほしい

これからはずっとさようなら

 私は昨日めでたく28歳を迎えた。25になったばかりの青二才どもが面白半分に自称するのとはわけが違う、本腰のアラサーになったわけである。控えおろう。

 人生が長いか短いかは、主観にもよるが運勢にもよる。「人生100年時代とか、やってらんねえよ」なんて思っていたら次の瞬間には雷に打たれて死んでいるかもしれない。だから生き急いでおくに越したことはないというのが、最近の私の持論である。

 

 人生はビュッフェのようなものだ。色々な選択肢がある。そしてその気になれば、結構広い範囲に手が届く。様々な種類の選択肢をちょっとずつかじる奴もいれば、慣れ親しんだ選択肢だけをずーっと食べる奴もいる。私はどちらかと言えば後者の気質の持ち主であるが、20代の半ばを越えたあたりから、前者の考え方に惹かれるようになってきた。良いものでも悪いものでも、とりあえず体験してみたい。選べる選択肢は全て選びたい。そうして空っぽの私の人生を少しでも満たしてやりたいのだ。そういう理由で、私は永久脱毛を始めた。

 

 無理やり過ぎるCMみたいな話の流れになってしまったが、特にマーケティングの目的はない。単純に「これ以上歳を取ったら手を出さないだろうな」と思ったので、20代のうちにやっておくことを決意したという話だ。

 

 

 

 先日施術も受けてきたが、今のところ最も強い感想は「面倒くせえ」である。

 

 まず、1回で終わらない。

 永久脱毛って、本当に体毛を根絶しようと思ったら10回も通わなければならないのだ。しかも1回ごとの感覚は、2, 3ヶ月ほど期間を空けなければならない。つまり2021年の10月に脱毛を始めたら、全ての施術が終了するのは最短でも2023年の6月になるということだ。よく電車の広告で「夏に間に合う!」みたいな文言を見かけるが、正しくは「(再来年の)夏に間に合う!」ということらしい。

 

 あと、店のお姉さんたちがなんか怖い。

 永久脱毛とはつまり医療脱毛のことで、(多分)電熱刺激によって発毛器官を破壊しているらしいが、これはそれなりに痛みを伴うため、基本的には施術前に有料の麻酔クリームを塗布することが推奨されている。が、私はこれを断固として拒否した。

 でも、けっしてケチだなんて思わないでほしい。直前に勧められた保湿ローション(\5,000)は断り切れなくて買った。でも、麻酔クリーム(\3,300)は絶対に塗りたくなかった。痛い方が良いからだ。私は肉体的あるいは精神的苦痛に耐えることに排他的ナルシズムを感じるタイプなので、麻酔塗布が“推奨”される程度の痛みならばあった方が好ましい。

 しかし、何度断っても受付のお姉さんはしきりに麻酔を勧めてきたし、それでも断ると彼女の機嫌は目に見えて悪くなった。だったら最初から料金に足しておいてくれと思う反面、そんなに痛いのかという期待もつのった。

 そうしてドキドキしながら初施術に望んだ結果─────、率直に言って忍耐を要するほどの痛みではなかった。初回が最も痛いそうなので、次回から痛みが増すということもないそうだ。正直、興醒めである。

 

 

 

 さっきも言ったとおり私は昨日誕生日だった。28歳になったことはめでたいが、昨日という日はそれほどめでたい日ではなかった。

 仕事でしっかりめのケガをしたし、母から実家の猫が入院したという報せを聞いて、ついでに母自身が仕事をクビになったという報告も受けた。自分を祝うためにAmazonで味ガチャバームクーヘンを注文し、リストに載っていなかった隠しフレーバー・レモン味が届いたが、私はレモン味のケーキ類が苦手である。

 

 でも、映画は良いのを引いた。Netflixのサジェストに来ていた、『Happy Death Day』という映画である。タイトルからわかるとおり誕生日と死が題材のホラーコメディである。

主人公は性格の悪い美女のギャルで多方面から恨みを買っており、誕生日の夜に何者かに殺されてしまうのだが、その直後に目を覚ますと誕生日の朝に逆戻りしていて夜になるとまた死に朝に目覚めて……を何度も繰り返すという、地獄の呵責みたいなストーリーなのだ。

 まだ観ている途中で、今は多分起承転結で言うところの承にあたる部分なのだが、序盤は怯えながら犯人から逃げたり犯人をハンマーで殴ったりしていた主人公が、今はクラブミュージックのリズムに乗りながら積極的に犯人の手がかりを探している。私もこれくらいアグレッシブでありたい。辛いときはMaroon 5のsugarを聞きながら、ノリノリで前に進みたい。

 

 

 

 別に言われなくてもわかっている。こんなのはまったく建設的でない、自傷もどきの自慰行為である。痛いときや辛いときはじっと丸くなって、悪い時間が去るのを待つべきなのだ。それくらいは知っている。言われなくてもそうする。