オン ザ ソファ

一人きりで暮らしているから、どうでもいいことを聞いてほしい

その窓は開けておいて

 ホームパーティー。馴染みのなさ過ぎる響きである。なさ過ぎて、いつも冒頭に入れる余談が一切浮かんでこない。仕方がないのでとっとと本題へ行こう。

 

 今日は、このあいだNetflixで観たThe Invitationという映画の話をしようと思う。以下はネタバレをふんだんに含む内容となっているので、観る予定のある人は聞かないでほしい。

 

 

 

 

 

 物語は、主人公がホームパーティーに向かう道中から始まる。主人公は数年前に不慮の事故で幼い息子を亡くしてしまった30代くらいの男性で、2年前から音信不通だった元妻とその現夫が催したホームパーティーに参加するため、かつては元妻と息子と3人で暮らした家へ今カノと2人で車に乗って向かっている最中である。

 

 出鼻から情報が盛り盛りになってしまったので、ちょっと整理するか。

 ①主人公と元妻の間には息子がいたが、数年前に事故で他界。

 ②主人公と元妻は離婚していて、主人公には新しい彼女が、元妻には夫がいる。

 ③元妻とその夫は、かつて主人公や息子も一緒に暮らしていた家で暮らしている。

 ④元妻はここ2年間くらい、主人公や友人たちと音信不通だった。

 

 怖い。というか……複雑だ。私だったら招かれてもまず行かないと思うが、主人公は自分の悲しい過去と向き合うため、彼女はそんな主人公を支えるため、苦しいほどに思い出の詰まったかつての住処に赴いた。

 

 

 

 主人公が到着する頃、既に招待客は1人を除いてみんな揃っていて、主人公カップル、元妻カップル、そして友人5人の計9人がその場にいた。

 

 主人公と元妻の過去のこともあって、若干のぎこちなさを見せる面々だが、そのぎこちなさをより加速させる出来事が次々と起こる。

 まず、元妻とその夫の様子が微妙におかしい。豪華な料理や高価なワインをじゃんじゃん振舞うし、大げさな笑顔と上擦った口調で、自己啓発本に書いてありそうなことをしきりに繰り返す。

 さらに、このパーティーには2名の『飛び入り参加者』が現れる。1人は、下着みたいなワンピースを着た落ち着きのない女。もう1人は、50~60代くらいの体格の良い男だ。元妻夫婦はこの2人を友人だと言って、パーティーに招き入れた。

 

 ここでちょっと、私の思ったことを話してもいいだろうか。

 洋画の中でちょくちょく見かけるこのホームパーティーというのは、社交性の高い欧米人ならではの、『誰でもウェルカム』なイベントだと思っていたが、意外と招待する人の選抜に関してはルールがあるようで、それ以外を招くのはあまり歓迎されないことらしい。

 日本の宅飲みでは基本、参加メンバーは全員が知り合い同士、いわゆる『内輪』であることが多く、前情報もなく全然知らない人がいることはあまりない。

 多分だが、この知り合い同士に各自のパートナーが加わり、一回り大きくなった輪こそが欧米でいう『内輪』であるらしい。ホームパーティーに自分の彼氏彼女を連れて行くのは普通のことだが、別のグループの友だちをいきなり連れて行くのはNGということだ。

 

 話を戻そう。

 落ち着きのない女と還暦の男、この2人の参加を、パーティーの招待客たちはあまり喜ばなかった。そもそも知らない人というのもあるが、女の方は新婚である元妻夫婦の家に一緒に住んでいるとか言うし、男の方は20歳以上年上だ。しかも、その2人がどこで知り合った友だちなのかを全然教えてくれない。どう考えても不審極まりないが、いつでも車で帰れるように酒を断り続けている主人公以外は、酔いで全てをうやむやに受け入れてしまう。

 

 

 

 その後も、不審な出来事は続いていく。

 まず、元妻の夫が、玄関に内側から鍵をかけてしまうのだ。なんかその家の玄関は内側からも鍵がないと開けられないようになっていて、普段はすぐ出て行けるように差しっぱなしにしているその鍵を、元妻の夫が抜いて懐に入れてしまう。

 防犯のための措置だという元妻の夫に、主人公は防災上の懸念などを挙げてくってかかるが、傍目には元家主が現家主をやっかんでいるように見えるらしく、周囲は主人公を諫めるような態度を取った。

 

 さらに、「通信料の支払いが滞っている」とか言って家はほとんど圏外だし、元妻夫妻はお互いと怪しい友人2人が出会ったきっかけだという新興宗教(生は苦しみで死は救済みたいな教え)の話をし始めるし、その後はじまった本心曝露ゲームでは、還暦の男が昔酔った勢いで自分の妻を殺し、刑務所で罪を償っても消えなかった後悔と罪悪感を宗教のおかげで克服した話を披露したりした。

 もし私なら、そろそろ窓を突き破って脱出していると思うが、実際のところ家中の窓にはオシャレ鉄格子が設置されているのでそれさえ叶わない。

 

 もう、招待客が全員発狂してお互いに殺し合い始めてもおかしくないくらいストレスフルな状況であるはずだが、この手の作品に登場する主人公以外の人物はIQに大幅なマイナス補正をかけられているため、一つ一つに懐疑的な態度を示す主人公を友人たちは面倒くさそうに宥め続けた。

 

 

 

 主人公と一緒に不信感とイライラを募らせるだけの序盤~中盤は終わり、物語は二度大きく動く。

 

 一度目は、招待客の一人のサプライズバースデーとしてケーキが登場するシーンだ。

 このシーンの直前、主人公はパーティーにまだ到着していない友人の一人から、留守電が入っていたことに気が付く。「もう着いたけど甘いもの買い忘れたから君が途中で買ってきて」という内容のメッセージだ。元妻夫婦が頑なに「まだ来ていない」と主張していた友人が既にここに来ていたことを知り、主人公の不信感は爆発する。

 

 呑気にケーキを喜ぶ友人たちを怒鳴りつけ、このホームパーティーの異常性を主張し、とどめにさっきの留守電のことを暴露して「友人をどこへやったんだ」と元妻夫婦を詰問した。留守電のことを聞いて、鈍感すぎる友人たちがようやく元妻たちに対する不信感を露わにし始め、ようやく主人公の方へ風が向いてきたと思ったそのとき——————最悪の、あるいは最高のタイミングで、例の友人が家に到着する。

 

 なんでも彼はこの家の前に到着した途端に仕事の電話でUターンし、今まで電波の悪いせいで連絡を入れることもできず、ようやく遅れてこのパーティーに馳せ参じたのだという。

 

 

 当然、場の空気はもう最悪である。主人公は泣いて元妻夫婦に謝るし、友人たちの目は冷ややかだった。もはや命の危険があろうがなかろうが、架空の親戚を10人くらい急病にして帰りたい雰囲気なのに、主人公をはじめ誰一人お暇する気配を見せないのが全く理解できなかった。

 

 そもそも主人公が最も我慢ならないのは、美しい元妻が別の男と結婚したことでも、かつて暮らした豪邸に別の男が住んでいることでもなく、

 この世でただ一人だけ、息子を喪った悲しみを分かち合えるはずの元妻が、「私は悲しみを乗り越えた! 後ろばかり見ていちゃダメ、前に進みましょう!」と主人公を置いてけぼりにしていることであるらしかった。

 

 主人公は友人が家に着く直前、「子どもを喪ったことはそんなに簡単に乗り越えていいことじゃない!」と元妻を罵倒するが、元妻はその後静かに、「あなたが悲しみから立ち直れない気持ちはわかる。けど、前に進もうとする私たちを邪魔しないで」と静かに言い放った。

 

 

 

 完全に打ちのめされた主人公は、元妻夫婦の許可を取って、かつて息子の部屋だった書斎に入らせてもらう。そこで深い悲しみに浸った後、みんなのところに戻って仕切り直しの乾杯に参加する。

 

 が、ここがちょっとよく理解できなかったのだが、配られたかわいらしい色のシャンパンにみんなで口をつけようとしたその瞬間、主人公はなぜか再びブチ切れるのだ。息子を喪った悲しみと改めて向き合い、元妻の発言を反芻した結果「やっぱりおかしいだろうが!!!」と思ったのかなんなのか知らないが、自分のシャンパンとテーブルの上を薙ぎ払い、何事かを大声で叫び続けた。

 

 するとどういうわけか、周りが止めるよりも早く、例の落ち着きのない女が、目をひん剥いた憤怒の形相で主人公に掴みかかった。「お前のせいで全部台無しだ!」と喚く女に驚き、振り払うと、痩せこけたその女は簡単に吹き飛ばされて、サイドボードの角に頭をぶつけて倒れてしまった。

 

 奇しくもその状況は、さっきの曝露ゲームで還暦の男が話した、妻を殺してしまったシチュエーションに酷似していた。最悪の結末を思い浮かべて呆然とする主人公と、素早く女の安否を確認する看護士の友人。騒然とする一同の中から、切羽詰まった声が上がる。

 

 「いやだ、息してない!」

 「してるよ!変なこと言わないで!」

 「その人じゃない、こっちよ!」

 

 声の上がった方に目を向けると、そこには友人の一人が、泡を吐いて倒れている姿があった。手にはシャンパングラスが握られていて、主人公が怒鳴ったせいで皆が飲み損ねたシャンパンを、その友人だけは口にしていたことがわかる。

 

 

 

 要するに、元妻夫婦と怪しい友人たちは、今宵大規模な無理心中を計画していたわけである。即効性の毒入りシャンパンを乾杯と同時に一斉に煽れば、その場にいる十数名が天に召され、みんなでハッピー。理屈は意味不明だが、とにかくそういう目論見だったわけだ。

 

 ここから先は、わざわざ説明する方が無粋だろう。追って追われて刺して刺される王道スリラー展開である。

 

 

 

 

 

 元妻は息子の死を乗り越えたと言いつつ、結局のところ悲しみやら罪悪感に耐えきれなかったのだろう。そこで辛い気持ちを克服するために、変な宗教にハマったわけである。

 キリスト教とか仏教のような昔からある宗教というのは「死の恐怖を乗り越えてひたむきに生きましょう」みたいな教義を含んでいるが、元妻たちがハマった新興宗教はむしろ「死んで楽になろう!」みたいな教義だった。

 

 勝手な理屈で全く関係ない主人公や友人たちを巻き込んだ元妻たちの行いはひどく凶悪だが、「死んで楽になろう!」という行動原理自体は、誰にも責めも否定もできないものである。

 

 

 

 人生はよく道に喩えられるが、どちらが前か後ろかもわからないし、どこが終わりかもわからない。いま私がのうのうと生きていられるのは、もしかするとこの映画に出てくる友人たちと、同じくらい鈍感なおかげなのかもしれない。

 

 

 

↓前の記事

www.pandaonthsofa.com

 

↓次の記事

しばし待たれよ。

 

 

 

インビテーション(字幕版)

インビテーション(字幕版)

  • 発売日: 2017/04/05
  • メディア: Prime Video